1
その日、確かにムカデは空を飛んだ。
春の終わり、梅雨の最中、それとも始まりか。夏の初めだったかもしれない。昔から季節を認識する能力に欠けている。そしてそれは今も発揮されている。そのぐらいの季節だ。
姉は朝からどこかへ出かけていて、僕はシャワーを浴びていた。それは気温として見ると大したことはないのだけれど、その日を迎える為の準備を、少なくとも僕は終えていなかった。つまり僕にとってその日は突然に暑かった。夏至でもなく、月の節目でもない。ただ「シャワーの湯音をCold寄りに調節した日」だ。
朝か、昼か、あるいはその中間だったと思う。今さらだけどそれは昔のことだし、そもそも時間や季節などは関係のないことだ。
とにかく姉はどこかへ出かけていて、僕はシャワーを浴びていて、ムカデは空を飛んだ。
一応は自分の中で消化しようと努めてみたけれど、脱衣所で髪を拭っている時に居間から母の気配がした。
その気配はいかにも自然で、自立したものだった。
僕がいようといまいと、母はその時間に居間で心臓から全身へ血液を送っていただろう。もしもそれが、僕がいる為に起きた気配だったとしたら、そのままムカデのことを一人で消化していたと思う。多分。
僕は紛れも無く微妙な年頃だった。でも僕が混乱している時に気配がして、すぐ傍に母がいた。それはすごく小さくて、どうでもいい奇跡だ。もう考えることが億劫になって、僕はいつもより少し早めに紺色の厚ぼったいジャージを穿き、襟のよれたグレーのTシャツを着た。
居間からはテレビの音が聞こえた。聞き覚えのある声が訴えかけるように何かを発表する。その断罪は明瞭で分かり易く、とてもはっきりとしていて、僕はひどく不安定になる。正解はいつも用意されているのだ。
母はそのカルトめいたものを背景にして、洗濯物をたたんでいた。
その背中に引きつった笑顔で言った。「ムカデが飛んだよ。」
力が抜け、何故か冷や汗が出た。あせって声が裏返りそうになる。とてつもなく見当違いなことをしていると、斜め上から誰かが言う。「そこでさ。」
中空にぶらりと指を垂らしながら起きたことを伝えている最中に、僕は諦めていた。‘そこ’がどこを指しているのかについて説明する機会は、永遠に巡ってこない。
それは彼女の興味を引くようなことではないと知っていた(はずだった)し、彼女は少なくとも僕に対して、無理をしない性格だった。そうして考えるとこの事は、彼女にとってBGMにもワイドショーにもなり得ないあまりに些末な事件だった。
「もうすぐ買い物に出るから、留守番をお願い。」母は最後のバスタオルをたたみながら言った。「今日は湯豆腐にしようと思うんだけど。」
僕は半袖で汗ばみながらファンキーな献立を口にする母に対して、「うん。」と答えた。一言で全てを肯定できる便利な言葉だ。相手の用件を全て聞き終え、最後に言い放つ。こういった積み重ねが全体のエネルギー消費を抑え、延いては地球を、正確には人類を救う。
2階への階段を上っている最中も、コメンテーターが僕の右肩を叩き続けていた。
母も僕も、彼らが何を言おうと構わないし、僕と彼らは、ユニークな夕食のメニューに心動かされることはない。そして彼らや母は、ムカデが空を飛んでも興味を持たない。実にうまく出来ている。
今日も我々のチームワークは完璧で、それぞれの幸福を切に願っていた。
自分の部屋に戻ると、僕は軽い体操を始めた。以前からどうも、周囲に比べて運動能力の着火が遅いように感じていた。そこで右足首を捻挫した折、ついでに医師に相談してみたことがあった。
曰く、僕は体の各パーツが少し固いので、風呂上りに柔軟運動を続ければ改善されるのではないか、ということだ。
それ以来半年ほど、思い出してはやってみているが、特に改善された気はしない。相変わらずエンジンの掛かりは遅い。だがそれでもやめるわけにはいかない。僕が風呂上りの軽い体操をやめることで、何かの歯車が噛み合わなくなってしまう可能性だってある。
この半年の間に世界は、僕が体の筋を伸ばすことでうまく回るように調整されているかも知れないのだ。
そう考えれば続ける価値は十分にあるし、とりあえず僕の周りについて言えば、僕が風呂上りに軽い体操をすることによって半年間平和が保たれている。
いつものように肩を回し、上体を後ろに反らして、僕は気付いた。いつものその平和維持活動の中で、決定的に欠けている行程を思い出した。
目覚ましをセットし忘れて寝坊したら、それは目覚まし時計の責任問題ではない。それを理解した上で敢えて言うが、僕はムカデが飛び、母が居間にいて、更には九州の地方公務員が女児に猥褻行為を働いたために、牛乳を飲み忘れたのだ。
まさに危機的状況と言っていい。絶対的な使命感が僕を突き動かす。
僕がそれを怠れば、多分ヴェネツィアは急速に水没してしまうだろう。そしてホッキョクグマの食べ物がなくなる。
急いでキッチンへと向かう。
母はすでに出かけた様子で、居間のテレビと洗濯物は消えていた。表の道路を救急車が通り、そのサイレンを聞いた隣の犬(コーギーと柴犬だ。僕は先に飼われていた柴犬のほうと仲がいいが、名前は知らない。)が自動的にけたたましく吠える。これもある種のカルトと言える。
冷蔵庫を開けると母が言う所の、僕のせいでストックされた1000mlの牛乳パックが3本入っていた。小さい頃あんなに飲むことを勧めておいて、ひどい言い様だと思う。
近年では専ら、牛乳の代名詞、スローガン、第一の主張、カルトであるカルシウムの摂取が、牛乳からは期待できないという説が持ち上がっているようだ。どころか、逆に免疫力を低下させ、骨粗鬆症やアレルギーを引き起こし易くするらしい。その説を受けて、僕のすべきことは何か。
もちろん牛乳を飲むことだ。そもそも僕が牛乳を飲んでいるのは、カルシウムを摂取するためではない。それにはもっとナイーヴで、ロックな理由があると思う。一貫性と中毒性を持った習慣。そこでは健康に害を及ぼすかどうかなどは考慮されない。きっかけが何であれ、それが合法である限り(母以外に)僕を咎めるものはない。
そしてやはり僕がそれを続けることで、彗星と地球の軌道が重ならず、ガゼルの頭数は辛くも確保されている。
僕の母はファンキーであると同時に、ヒステリックだった。
コップに牛乳を注ぐ、それを飲む。牛乳パックを冷蔵庫にしまう。僕はその完成された作業を日に何度か繰り返していたのだけれど、彼女にとってそれは、重大な問題点を抱えた悪習に他ならなかった。
ある日突然、持ちきれない鉄アレイをこぼしながら階段を上ってくるような足音が聞こえ、新しく考案された打楽器のようにして僕の部屋の引き戸が開かれた。
その斬新なイントロに妙な間が空いた後、彼女はかつてのKing of Popを彷彿とさせる音域で盛大にまくし立てた。色々な要素を織り込みすぎたせいで僕はその音楽性を理解するのに苦労したが、どうやら情熱的なシャウトの根幹にある主題は、「飲んだらコップを洗え」ということらしい。
抑圧され鬱積された感情は観客を引きずりこみ、誤解されたグルーヴ感から目が離せない。
彼女のステージが一応の終わりを迎えると、僕は拍手を送ろうかほんの短い間考えたけれど、やはり止めておいた。賛美はアンコールと捉えられるだろうし、僕にはまだクールダウンのための時間が必要だった。
以来僕は使ったコップを洗い、もしくはパックから直接飲むようになった。
後者は呈された問題点を全てクリアにした上で、合理性を含んだ素晴らしいアイディアだと思う。
そもそも僕は、特に風呂上りにはそうだが、コップに注いでは飲み注いでは飲みで結局1000mlを一気に片付けてしまうことがよくあった。そんな時、一体コップは何のために使われたのだろう。実に無駄なことだ。
しかも、1000mlをパックから飲んでいる爽快感といったら形容しがたい。きっちりとメイクされたダブル・ベッドに頭から倒れ込むような、真夏に田舎の駅に降り立った時のような、やはり形容しがたい豪快さと高揚がある。
だがそんな理論も母には通じなかった。
母はパックから直接(かつてカルシウム摂取の片翼と呼ばれた)牛乳を飲む僕を見て、またジャンルの定まらない(あるいは全く新しい形の)ライヴを開催した。
結果僕がパックから直接牛乳を飲む爽快感には、背徳的な何かが加わった。
僕らは多感で、ひどく傷つきやすくて、頭の先が痺れるような刺激に飢えていた。大抵の仲間はそのフラストレーションを軽犯罪にすり替えたり、別のもっと大きな問題(例えば性欲と恋)について考えてみたり、ナイフを振り回すことによって発露していた。
僕がその時期を表面上フラットに過ごせたのは、間違いなく母のおかげであり、そのせいだ。僕には日に何度か一定のスリルが存在し、それを消化していればMDウォークマンを万引きする必要がなかった。
新しいパックを冷蔵庫から取り出し、注ぎ口を組み立てる。紙がしなって失敗する。
失敗するわけにいかないもう片側に取り掛かる。今度は鋭角に開きすぎて、口を充て難い。
両手でしっかりとパックを支え、初めはゆっくり、段々勢い良く傾ける。粘度のある冷たい液体がほとんど真っ直ぐに体内を伝う。冷たい道は流れ続け、やがてある場所まで来るとそこに溜まっていく。
ひっくり返した砂時計みたいに、僕の体が埋まっていく。
半分ほどを一気に飲み終えて呼吸を整える。口の端からこぼれ出た白い筋を手の甲で拭い、後半に取り掛かる。姉は呼吸の荒い僕の隣に来て蛇口をひねり、手を洗い始めた。
僕は多分マスターベーションを見られた時のように(僕はこの時まだマスターベーションをしていなかったし、幸いにも今まで誰かに見られたことはないと思う。あくまで例えとしてだ。)困惑し、硬直していた。
姉は手を洗い終えて、洗い方とは対照的に、かけてあったタオルで水気を丹念に拭いた。そしてこちらに向き直った。無表情で押し黙り、じっと僕を見ている。
僕も牛乳パックを遺骨のように抱えながら、黙って姉の顔を見ていた。僕は姉と違って、色々な表情をしていた。
第一姉には、昔から気配というものがない。その上存在を主張したりもしない。
小さい頃は2人で行動していると、僕は必ず姉を見失った。必ずだ。だからいつも気を付けていたはずなのだけれど、一度目を逸らすと姉はいなくなっていた。
不安になり、さまよい、泣きそうに(場合によっては泣いていた。)なると、姉はいつの間にか屈んで僕の顔をのぞき込みながら、決まって頭を撫でてくれた。
僕を放ってどこかに行ってしまうわけではない。姉は僕を見失わない。
ただ僕の方で彼女を見失い、彼女はそれについて何も意見を持たないだけなのだ。僕が姉を見失う能力に長けているのか、それとも姉が気配を消す達人なのか、何度か本気で考えたことがある。
でもやはり、僕は姉以外の人を見失う機会が圧倒的に少ないし、姉は僕以外にも見失われる機会が多かったから、「姉は気配というものがない」が最も相応しい見解に思えた。
とにかくそんな目的のないアメとムチや、理不尽な吊り橋効果を物心ついた時から植え込まれているために、姉は僕の一貫した小規模なメシアのイメージであり、もちろん頭は上がらなかった。
「ただいま。」と姉が言った。
「ムカデが空を飛んだんだ。」と僕は言った。
「暑いね。」と姉が言い、「暑いね。」と僕も言った。
彼女は肩より少し長く伸ばされた髪を後ろ手でまとめ、腕にはめていた黒いゴムを使って束ねた。
それから冷蔵庫を開けてしばらく中を注意深く見回し、水出しの麦茶がまだ本来の色を見せていないことを確認してから、新しい牛乳パックを取り出した。
時間をかけて注ぎ口を丁寧に開き、僕に背を向けて両手でそれを持ち上げ、躊躇なく口元に運んだ。僕が初めのうち何度でもそうしたように、余りに多くが口の中へ入らず、同時に入りすぎて、姉の顔の下半分とTシャツ、それにフローリングは、プラネタリウムの天の川みたいに一瞬にして白く染まった。
第二に姉は牛乳が嫌いだ。この時以外に牛乳を飲んだ(しかも失敗した)姉を見たことがない。
顔をしかめながら「おいしくない。」と姉が言い、「そう?」と僕は答えた。
さっき手を拭いたタオルを使って、丁寧に床の水気を取る。僕は手の中で汗をかいている遺骨のことを思い出して、続きを飲んだ。すっかりぬるくなっている。口の周りに白い筋を付けたままの姉を見ながら、冷たくも温かくもない牛乳の呼び名を考えているうちに、パックは空になった。
それから姉は牛乳を冷蔵庫に戻し、シャワーを浴びに行った。僕は部屋に戻って、世界を守った。
結局のところ、牛乳を温めたり冷たくするのは僕の都合に他ならなかった。
春の終わり、梅雨の最中、それとも始まりか。夏の初めだったかもしれない。昔から季節を認識する能力に欠けている。そしてそれは今も発揮されている。そのぐらいの季節だ。
姉は朝からどこかへ出かけていて、僕はシャワーを浴びていた。それは気温として見ると大したことはないのだけれど、その日を迎える為の準備を、少なくとも僕は終えていなかった。つまり僕にとってその日は突然に暑かった。夏至でもなく、月の節目でもない。ただ「シャワーの湯音をCold寄りに調節した日」だ。
朝か、昼か、あるいはその中間だったと思う。今さらだけどそれは昔のことだし、そもそも時間や季節などは関係のないことだ。
とにかく姉はどこかへ出かけていて、僕はシャワーを浴びていて、ムカデは空を飛んだ。
一応は自分の中で消化しようと努めてみたけれど、脱衣所で髪を拭っている時に居間から母の気配がした。
その気配はいかにも自然で、自立したものだった。
僕がいようといまいと、母はその時間に居間で心臓から全身へ血液を送っていただろう。もしもそれが、僕がいる為に起きた気配だったとしたら、そのままムカデのことを一人で消化していたと思う。多分。
僕は紛れも無く微妙な年頃だった。でも僕が混乱している時に気配がして、すぐ傍に母がいた。それはすごく小さくて、どうでもいい奇跡だ。もう考えることが億劫になって、僕はいつもより少し早めに紺色の厚ぼったいジャージを穿き、襟のよれたグレーのTシャツを着た。
居間からはテレビの音が聞こえた。聞き覚えのある声が訴えかけるように何かを発表する。その断罪は明瞭で分かり易く、とてもはっきりとしていて、僕はひどく不安定になる。正解はいつも用意されているのだ。
母はそのカルトめいたものを背景にして、洗濯物をたたんでいた。
その背中に引きつった笑顔で言った。「ムカデが飛んだよ。」
力が抜け、何故か冷や汗が出た。あせって声が裏返りそうになる。とてつもなく見当違いなことをしていると、斜め上から誰かが言う。「そこでさ。」
中空にぶらりと指を垂らしながら起きたことを伝えている最中に、僕は諦めていた。‘そこ’がどこを指しているのかについて説明する機会は、永遠に巡ってこない。
それは彼女の興味を引くようなことではないと知っていた(はずだった)し、彼女は少なくとも僕に対して、無理をしない性格だった。そうして考えるとこの事は、彼女にとってBGMにもワイドショーにもなり得ないあまりに些末な事件だった。
「もうすぐ買い物に出るから、留守番をお願い。」母は最後のバスタオルをたたみながら言った。「今日は湯豆腐にしようと思うんだけど。」
僕は半袖で汗ばみながらファンキーな献立を口にする母に対して、「うん。」と答えた。一言で全てを肯定できる便利な言葉だ。相手の用件を全て聞き終え、最後に言い放つ。こういった積み重ねが全体のエネルギー消費を抑え、延いては地球を、正確には人類を救う。
2階への階段を上っている最中も、コメンテーターが僕の右肩を叩き続けていた。
母も僕も、彼らが何を言おうと構わないし、僕と彼らは、ユニークな夕食のメニューに心動かされることはない。そして彼らや母は、ムカデが空を飛んでも興味を持たない。実にうまく出来ている。
今日も我々のチームワークは完璧で、それぞれの幸福を切に願っていた。
自分の部屋に戻ると、僕は軽い体操を始めた。以前からどうも、周囲に比べて運動能力の着火が遅いように感じていた。そこで右足首を捻挫した折、ついでに医師に相談してみたことがあった。
曰く、僕は体の各パーツが少し固いので、風呂上りに柔軟運動を続ければ改善されるのではないか、ということだ。
それ以来半年ほど、思い出してはやってみているが、特に改善された気はしない。相変わらずエンジンの掛かりは遅い。だがそれでもやめるわけにはいかない。僕が風呂上りの軽い体操をやめることで、何かの歯車が噛み合わなくなってしまう可能性だってある。
この半年の間に世界は、僕が体の筋を伸ばすことでうまく回るように調整されているかも知れないのだ。
そう考えれば続ける価値は十分にあるし、とりあえず僕の周りについて言えば、僕が風呂上りに軽い体操をすることによって半年間平和が保たれている。
いつものように肩を回し、上体を後ろに反らして、僕は気付いた。いつものその平和維持活動の中で、決定的に欠けている行程を思い出した。
目覚ましをセットし忘れて寝坊したら、それは目覚まし時計の責任問題ではない。それを理解した上で敢えて言うが、僕はムカデが飛び、母が居間にいて、更には九州の地方公務員が女児に猥褻行為を働いたために、牛乳を飲み忘れたのだ。
まさに危機的状況と言っていい。絶対的な使命感が僕を突き動かす。
僕がそれを怠れば、多分ヴェネツィアは急速に水没してしまうだろう。そしてホッキョクグマの食べ物がなくなる。
急いでキッチンへと向かう。
母はすでに出かけた様子で、居間のテレビと洗濯物は消えていた。表の道路を救急車が通り、そのサイレンを聞いた隣の犬(コーギーと柴犬だ。僕は先に飼われていた柴犬のほうと仲がいいが、名前は知らない。)が自動的にけたたましく吠える。これもある種のカルトと言える。
冷蔵庫を開けると母が言う所の、僕のせいでストックされた1000mlの牛乳パックが3本入っていた。小さい頃あんなに飲むことを勧めておいて、ひどい言い様だと思う。
近年では専ら、牛乳の代名詞、スローガン、第一の主張、カルトであるカルシウムの摂取が、牛乳からは期待できないという説が持ち上がっているようだ。どころか、逆に免疫力を低下させ、骨粗鬆症やアレルギーを引き起こし易くするらしい。その説を受けて、僕のすべきことは何か。
もちろん牛乳を飲むことだ。そもそも僕が牛乳を飲んでいるのは、カルシウムを摂取するためではない。それにはもっとナイーヴで、ロックな理由があると思う。一貫性と中毒性を持った習慣。そこでは健康に害を及ぼすかどうかなどは考慮されない。きっかけが何であれ、それが合法である限り(母以外に)僕を咎めるものはない。
そしてやはり僕がそれを続けることで、彗星と地球の軌道が重ならず、ガゼルの頭数は辛くも確保されている。
僕の母はファンキーであると同時に、ヒステリックだった。
コップに牛乳を注ぐ、それを飲む。牛乳パックを冷蔵庫にしまう。僕はその完成された作業を日に何度か繰り返していたのだけれど、彼女にとってそれは、重大な問題点を抱えた悪習に他ならなかった。
ある日突然、持ちきれない鉄アレイをこぼしながら階段を上ってくるような足音が聞こえ、新しく考案された打楽器のようにして僕の部屋の引き戸が開かれた。
その斬新なイントロに妙な間が空いた後、彼女はかつてのKing of Popを彷彿とさせる音域で盛大にまくし立てた。色々な要素を織り込みすぎたせいで僕はその音楽性を理解するのに苦労したが、どうやら情熱的なシャウトの根幹にある主題は、「飲んだらコップを洗え」ということらしい。
抑圧され鬱積された感情は観客を引きずりこみ、誤解されたグルーヴ感から目が離せない。
彼女のステージが一応の終わりを迎えると、僕は拍手を送ろうかほんの短い間考えたけれど、やはり止めておいた。賛美はアンコールと捉えられるだろうし、僕にはまだクールダウンのための時間が必要だった。
以来僕は使ったコップを洗い、もしくはパックから直接飲むようになった。
後者は呈された問題点を全てクリアにした上で、合理性を含んだ素晴らしいアイディアだと思う。
そもそも僕は、特に風呂上りにはそうだが、コップに注いでは飲み注いでは飲みで結局1000mlを一気に片付けてしまうことがよくあった。そんな時、一体コップは何のために使われたのだろう。実に無駄なことだ。
しかも、1000mlをパックから飲んでいる爽快感といったら形容しがたい。きっちりとメイクされたダブル・ベッドに頭から倒れ込むような、真夏に田舎の駅に降り立った時のような、やはり形容しがたい豪快さと高揚がある。
だがそんな理論も母には通じなかった。
母はパックから直接(かつてカルシウム摂取の片翼と呼ばれた)牛乳を飲む僕を見て、またジャンルの定まらない(あるいは全く新しい形の)ライヴを開催した。
結果僕がパックから直接牛乳を飲む爽快感には、背徳的な何かが加わった。
僕らは多感で、ひどく傷つきやすくて、頭の先が痺れるような刺激に飢えていた。大抵の仲間はそのフラストレーションを軽犯罪にすり替えたり、別のもっと大きな問題(例えば性欲と恋)について考えてみたり、ナイフを振り回すことによって発露していた。
僕がその時期を表面上フラットに過ごせたのは、間違いなく母のおかげであり、そのせいだ。僕には日に何度か一定のスリルが存在し、それを消化していればMDウォークマンを万引きする必要がなかった。
新しいパックを冷蔵庫から取り出し、注ぎ口を組み立てる。紙がしなって失敗する。
失敗するわけにいかないもう片側に取り掛かる。今度は鋭角に開きすぎて、口を充て難い。
両手でしっかりとパックを支え、初めはゆっくり、段々勢い良く傾ける。粘度のある冷たい液体がほとんど真っ直ぐに体内を伝う。冷たい道は流れ続け、やがてある場所まで来るとそこに溜まっていく。
ひっくり返した砂時計みたいに、僕の体が埋まっていく。
半分ほどを一気に飲み終えて呼吸を整える。口の端からこぼれ出た白い筋を手の甲で拭い、後半に取り掛かる。姉は呼吸の荒い僕の隣に来て蛇口をひねり、手を洗い始めた。
僕は多分マスターベーションを見られた時のように(僕はこの時まだマスターベーションをしていなかったし、幸いにも今まで誰かに見られたことはないと思う。あくまで例えとしてだ。)困惑し、硬直していた。
姉は手を洗い終えて、洗い方とは対照的に、かけてあったタオルで水気を丹念に拭いた。そしてこちらに向き直った。無表情で押し黙り、じっと僕を見ている。
僕も牛乳パックを遺骨のように抱えながら、黙って姉の顔を見ていた。僕は姉と違って、色々な表情をしていた。
第一姉には、昔から気配というものがない。その上存在を主張したりもしない。
小さい頃は2人で行動していると、僕は必ず姉を見失った。必ずだ。だからいつも気を付けていたはずなのだけれど、一度目を逸らすと姉はいなくなっていた。
不安になり、さまよい、泣きそうに(場合によっては泣いていた。)なると、姉はいつの間にか屈んで僕の顔をのぞき込みながら、決まって頭を撫でてくれた。
僕を放ってどこかに行ってしまうわけではない。姉は僕を見失わない。
ただ僕の方で彼女を見失い、彼女はそれについて何も意見を持たないだけなのだ。僕が姉を見失う能力に長けているのか、それとも姉が気配を消す達人なのか、何度か本気で考えたことがある。
でもやはり、僕は姉以外の人を見失う機会が圧倒的に少ないし、姉は僕以外にも見失われる機会が多かったから、「姉は気配というものがない」が最も相応しい見解に思えた。
とにかくそんな目的のないアメとムチや、理不尽な吊り橋効果を物心ついた時から植え込まれているために、姉は僕の一貫した小規模なメシアのイメージであり、もちろん頭は上がらなかった。
「ただいま。」と姉が言った。
「ムカデが空を飛んだんだ。」と僕は言った。
「暑いね。」と姉が言い、「暑いね。」と僕も言った。
彼女は肩より少し長く伸ばされた髪を後ろ手でまとめ、腕にはめていた黒いゴムを使って束ねた。
それから冷蔵庫を開けてしばらく中を注意深く見回し、水出しの麦茶がまだ本来の色を見せていないことを確認してから、新しい牛乳パックを取り出した。
時間をかけて注ぎ口を丁寧に開き、僕に背を向けて両手でそれを持ち上げ、躊躇なく口元に運んだ。僕が初めのうち何度でもそうしたように、余りに多くが口の中へ入らず、同時に入りすぎて、姉の顔の下半分とTシャツ、それにフローリングは、プラネタリウムの天の川みたいに一瞬にして白く染まった。
第二に姉は牛乳が嫌いだ。この時以外に牛乳を飲んだ(しかも失敗した)姉を見たことがない。
顔をしかめながら「おいしくない。」と姉が言い、「そう?」と僕は答えた。
さっき手を拭いたタオルを使って、丁寧に床の水気を取る。僕は手の中で汗をかいている遺骨のことを思い出して、続きを飲んだ。すっかりぬるくなっている。口の周りに白い筋を付けたままの姉を見ながら、冷たくも温かくもない牛乳の呼び名を考えているうちに、パックは空になった。
それから姉は牛乳を冷蔵庫に戻し、シャワーを浴びに行った。僕は部屋に戻って、世界を守った。
結局のところ、牛乳を温めたり冷たくするのは僕の都合に他ならなかった。
what the hell
全世界から大反響のあった「立てよ紳士」シリーズですが、恐らく続きはもう来ません。
言い訳はしません。だるいからです。
すごく残念です。すごく面白いのがいっぱいあったのに。
残念だなあ。
そもそもあほみたいな量のレポートを抱えて現実逃避で書き始めたのですが、やっとの思いでそれを出したと思ったら更にうんこみたいなレポートが出てきたものでそれを書き上げました。昨日完成しました。
とりあえず実習も終わり、レポートも提出したので多分もうすぐヘルパーになれると思うんですが
つい最近、たまたまネットサーフィン中に入手した情報によると、もうすぐヘルパーは消えるらしいです。
しかも7年ぐらい前から言われてたそうです。
笑った。
そんなこんなで僕は帰ります。
僕の生まれた街へ帰ります。
まだ帰れるかは分からないけれど、帰る場所はないけれど、不動産屋を見に、帰ります。
長かったようで、クソ長かった。
東京も変わってしまったし、友達も変わってしまったし、僕も変わってしまったから
きっとまた寂しく思う。
でも僕には、あの生ゴミの匂いと汚い空がどうしようもなく、故郷です。
それも変わってしまったかもしれないけれど。
しばらくお邪魔しない間に、こんな紳士でイケメンなブログなんかをリンクしてくれていた方が2名
ブログを閉鎖していたようでした。
事情はあっても見ることができませんでしたが、とても寂しいです。お心当たりの方は連絡をくれた上ですぐに再開してください。
いつもそう。
小学校に入ったばかりの時、ペットショップの前に小さな柵が作られていて、そこに子犬が7〜8頭入っていました。
皆兄弟で雑種。真っ黒だけど、1頭だけ元気のないベージュの子犬がいました。
僕は日が暮れるまでそこにいて、その犬を撫でていました。
帰ってから僕は、多分今までの人生でそれ以上こねたことのない大だだをこねました。
1週間近くこね続け、やっと許しを得ました。
もしも僕の言う、あのベージュの子がまだいたらという条件で。
急いでペットショップに向かうと、ベージュの子犬は一頭だけで寂しそうに、柵の中にいました。
クッキーと名付けたその犬は、僕を見て笑いました。
僕が泣いている時、涙を舐めてくれました。
僕が寂しい時、いつまでも傍にいてくれました。
高校2年の春、晴れた日の朝、クッキーはいつもみたいに僕を見ませんでした。
僕を見て、駆け寄っては来ませんでした。
固く、平べったくなって、二度と動きませんでした。
泣いて、すがりついて、遺体を引き取りにきてくれた業者さんに迷惑をかけ、抱いて、泣いて
何日かずっと、空き家になった犬小屋の前にいました。
でも僕には分かっていたんです。
失えばこんなに涙が出るのに、こんなに大切に思っていたのに、僕はその涙に値するほど
あの子を大切にしていなかった。
もしも一方通行であっても、言葉が通じたなら、僕はそれを口にしただろうか。
多分しなかった。
僕は僕の寿命を分けて、死ぬ時を一緒にしてほしいと願っていたけど、それが叶わないことを知っていた。
そして僕は、僕の人生をクッキーに分けることさえしなかった。
それは叶えられることを待つことなく、出来たことだった。
僕はおばあちゃんが大好きでした。
おばあちゃんがいてくれれば、僕の全ては満ちて、足りました。
彼女は誰よりも早く、僕の周りからいなくなりました。
一度たりとも、大切にしませんでした。
悲しくて、「どうして」と思いました。
「どうして僕からいなくなってしまったの」と思いました。
いなくなっても尚、自分の事しか考えません。
僕は欠落した人間です。
それを補おうとすればするほど、欠けていきます。
人が喜んでいる時、一緒に喜ぶことが出来ません。
人が悲しんでいる時、一緒に悲しむことが出来ません。
しずかちゃんのパパが言っていました。
「それが人間にとって一番大切なことなんだからね」と。僕もそう思います。
19歳の終わりから24歳まで、仙台に住んでいました。
とてもいい人達が、僕を支えてくれました。心からそう思えないし、もちろんそれは後になってやっと気付いたことですが、僕が仙台で過ごしたことを話せば、誰もが言うと思います。
「とてもいい人達に支えられたんだね」と。
気付いてから、地震が起きました。
テレビはやっぱり見る気がしなかったけど、どうやら相当ひどいということで、ニコニコ動画からNHKの放送をしばらく追いました。
見たことのある景色が見たことのない画像に変わっていても、僕の心は動きませんでした。
本当に、本当にお世話になった人達も、軽くメールで安否を確認しただけです。
家族を失った人が泣き、それを見た全く縁のない人が泣く。
僕にはむしろ、そのことが悲しくなりました。
そのことだけが僕を悩ませて、煽りました。
知らない人のために、知らない人の流す涙が、どうしてもわからない。そしてそれは、僕にはもうわかることが出来ないらしい。
翌日に、自分の為に5万円を振り込みました。
何かが変わるかもしれない。
でも変わりませんでした。
募金をした。ボランティアは邪魔になるだけだから、お金を送るのがベストだ。自分はベストを尽くした。
自己満足と自己完結。
それだけが生まれ、それがまた僕を損ないました。
全く縁のない人ならそれでいいかもしれない。
だけど僕は4年半も住んでいて、そこにはすごく好きな人達がいた。いや、いる。
なのに何も感じることなく、自分の為に募金をしただけだ。
「じゃあどうしたらよかったのか」と思う。でも僕はその答えを知っている。
悲しめばよかった。
僕は好きな人が死んでしまうことや、生まれ育った街が変わってしまうこと、そこにいられないこと、全部の悲しみを知っている。恋の終わりも知っている。
僕の知らないことは、しずかちゃんのパパがそれほど大切ではないと判断するようなことばかりだ。
僕は何もかも知っている。
一昨日、先月まで働いていた職場のお客さんが、事故で亡くなった。
少し気難しい性格で、他のお客や従業員からは大抵嫌われていた。
でもその人は僕のことをすごくかわいがってくれたし、僕はその人が好きだった。
僕は驚き、そして悲しむべき立場にある。
元職場に連絡を取り、こちらから手を合わさせて頂くべき立場にある。
それは世間的にそうなのではなく、僕と彼はそうするべき関係にあった。
事故のことを後輩から聞いた僕は、「そっか。」と言った。
後輩は僕と死んだ彼が、親密なのを知っていたから報告したわけではない。ただ、「あった出来事」の一つとして話しただけだ。
僕にはそれが、都合良かった。
僕は欠けてしまったのではなく、失ってしまった。
もうしずかちゃんのパパが、僕との結婚を許すことはない。
じゃあ駆け落ちをするだろうか。
僕はいつか失う前に、それを抱きしめるだろうか
言い訳はしません。だるいからです。
すごく残念です。すごく面白いのがいっぱいあったのに。
残念だなあ。
そもそもあほみたいな量のレポートを抱えて現実逃避で書き始めたのですが、やっとの思いでそれを出したと思ったら更にうんこみたいなレポートが出てきたものでそれを書き上げました。昨日完成しました。
とりあえず実習も終わり、レポートも提出したので多分もうすぐヘルパーになれると思うんですが
つい最近、たまたまネットサーフィン中に入手した情報によると、もうすぐヘルパーは消えるらしいです。
しかも7年ぐらい前から言われてたそうです。
笑った。
そんなこんなで僕は帰ります。
僕の生まれた街へ帰ります。
まだ帰れるかは分からないけれど、帰る場所はないけれど、不動産屋を見に、帰ります。
長かったようで、クソ長かった。
東京も変わってしまったし、友達も変わってしまったし、僕も変わってしまったから
きっとまた寂しく思う。
でも僕には、あの生ゴミの匂いと汚い空がどうしようもなく、故郷です。
それも変わってしまったかもしれないけれど。
しばらくお邪魔しない間に、こんな紳士でイケメンなブログなんかをリンクしてくれていた方が2名
ブログを閉鎖していたようでした。
事情はあっても見ることができませんでしたが、とても寂しいです。お心当たりの方は連絡をくれた上ですぐに再開してください。
いつもそう。
小学校に入ったばかりの時、ペットショップの前に小さな柵が作られていて、そこに子犬が7〜8頭入っていました。
皆兄弟で雑種。真っ黒だけど、1頭だけ元気のないベージュの子犬がいました。
僕は日が暮れるまでそこにいて、その犬を撫でていました。
帰ってから僕は、多分今までの人生でそれ以上こねたことのない大だだをこねました。
1週間近くこね続け、やっと許しを得ました。
もしも僕の言う、あのベージュの子がまだいたらという条件で。
急いでペットショップに向かうと、ベージュの子犬は一頭だけで寂しそうに、柵の中にいました。
クッキーと名付けたその犬は、僕を見て笑いました。
僕が泣いている時、涙を舐めてくれました。
僕が寂しい時、いつまでも傍にいてくれました。
高校2年の春、晴れた日の朝、クッキーはいつもみたいに僕を見ませんでした。
僕を見て、駆け寄っては来ませんでした。
固く、平べったくなって、二度と動きませんでした。
泣いて、すがりついて、遺体を引き取りにきてくれた業者さんに迷惑をかけ、抱いて、泣いて
何日かずっと、空き家になった犬小屋の前にいました。
でも僕には分かっていたんです。
失えばこんなに涙が出るのに、こんなに大切に思っていたのに、僕はその涙に値するほど
あの子を大切にしていなかった。
もしも一方通行であっても、言葉が通じたなら、僕はそれを口にしただろうか。
多分しなかった。
僕は僕の寿命を分けて、死ぬ時を一緒にしてほしいと願っていたけど、それが叶わないことを知っていた。
そして僕は、僕の人生をクッキーに分けることさえしなかった。
それは叶えられることを待つことなく、出来たことだった。
僕はおばあちゃんが大好きでした。
おばあちゃんがいてくれれば、僕の全ては満ちて、足りました。
彼女は誰よりも早く、僕の周りからいなくなりました。
一度たりとも、大切にしませんでした。
悲しくて、「どうして」と思いました。
「どうして僕からいなくなってしまったの」と思いました。
いなくなっても尚、自分の事しか考えません。
僕は欠落した人間です。
それを補おうとすればするほど、欠けていきます。
人が喜んでいる時、一緒に喜ぶことが出来ません。
人が悲しんでいる時、一緒に悲しむことが出来ません。
しずかちゃんのパパが言っていました。
「それが人間にとって一番大切なことなんだからね」と。僕もそう思います。
19歳の終わりから24歳まで、仙台に住んでいました。
とてもいい人達が、僕を支えてくれました。心からそう思えないし、もちろんそれは後になってやっと気付いたことですが、僕が仙台で過ごしたことを話せば、誰もが言うと思います。
「とてもいい人達に支えられたんだね」と。
気付いてから、地震が起きました。
テレビはやっぱり見る気がしなかったけど、どうやら相当ひどいということで、ニコニコ動画からNHKの放送をしばらく追いました。
見たことのある景色が見たことのない画像に変わっていても、僕の心は動きませんでした。
本当に、本当にお世話になった人達も、軽くメールで安否を確認しただけです。
家族を失った人が泣き、それを見た全く縁のない人が泣く。
僕にはむしろ、そのことが悲しくなりました。
そのことだけが僕を悩ませて、煽りました。
知らない人のために、知らない人の流す涙が、どうしてもわからない。そしてそれは、僕にはもうわかることが出来ないらしい。
翌日に、自分の為に5万円を振り込みました。
何かが変わるかもしれない。
でも変わりませんでした。
募金をした。ボランティアは邪魔になるだけだから、お金を送るのがベストだ。自分はベストを尽くした。
自己満足と自己完結。
それだけが生まれ、それがまた僕を損ないました。
全く縁のない人ならそれでいいかもしれない。
だけど僕は4年半も住んでいて、そこにはすごく好きな人達がいた。いや、いる。
なのに何も感じることなく、自分の為に募金をしただけだ。
「じゃあどうしたらよかったのか」と思う。でも僕はその答えを知っている。
悲しめばよかった。
僕は好きな人が死んでしまうことや、生まれ育った街が変わってしまうこと、そこにいられないこと、全部の悲しみを知っている。恋の終わりも知っている。
僕の知らないことは、しずかちゃんのパパがそれほど大切ではないと判断するようなことばかりだ。
僕は何もかも知っている。
一昨日、先月まで働いていた職場のお客さんが、事故で亡くなった。
少し気難しい性格で、他のお客や従業員からは大抵嫌われていた。
でもその人は僕のことをすごくかわいがってくれたし、僕はその人が好きだった。
僕は驚き、そして悲しむべき立場にある。
元職場に連絡を取り、こちらから手を合わさせて頂くべき立場にある。
それは世間的にそうなのではなく、僕と彼はそうするべき関係にあった。
事故のことを後輩から聞いた僕は、「そっか。」と言った。
後輩は僕と死んだ彼が、親密なのを知っていたから報告したわけではない。ただ、「あった出来事」の一つとして話しただけだ。
僕にはそれが、都合良かった。
僕は欠けてしまったのではなく、失ってしまった。
もうしずかちゃんのパパが、僕との結婚を許すことはない。
じゃあ駆け落ちをするだろうか。
僕はいつか失う前に、それを抱きしめるだろうか
缶詰のコーンは古今東西いかなる料理に入ってても邪魔だと思う
最近行く先々で「イケメン」と言われるので普段ネタで自称しているものと社交辞令との境目が曖昧になってきていたのですが、「髪が少し長いだけで女だと判断する世代」がその頻度の大半を担っていることに気付き、諸行無常の響きが止まりません。英国紳士です。
最近更新がまた滞っているように見えますが、通常営業です。
ゴタゴタしてて、てんやわんやで、てんてこまいです。言い訳じゃない。
しかしがんばる自分。
しかしがんばる自分に性的興奮を覚える。
でもやっぱね、モテる男っていうのは忙しいですよ。
僕結構そういうストイックっていうか、無骨なとこあるからね。
例えば

この、裏のとこが紙でできてる歯ブラシのパッケージを、人生の中で一度もうまく剥がせたことが無い。
26年間でただの一度も。
今回に関してはちょっとお湯で濡らしてから少しずつ剥がそうとしたのに、やっぱりだめだった。
すごい無骨だわ俺。
俺結構そういう無骨なとこあるわ。
だから結局、モテる男っていうのはそういうことなんだよね。
モテる男は結構無骨で、カクテル作れて、ケーキ作れて、優しくて面白くて、いい匂いとかするんだわ。
そんでメガネ男子なんだわ。
家でしかかけないけどね。
まあ俺ぐらい結構無骨になるとさ、回転寿司でどんだけ回り続けているのか推定すらできないほどカッサカサになった寿司を、むしろ取るよね。
ちょっと運がなくって、回ってるうちに乾いてきて、余計に誰も取らなくなって、握られたのに、そのままゴミ箱に行く死のループに入った寿司を、むしろ取るよね。
遠くでプラスティックの皿同士がぶつかる音がする。
その僅かな振動がベルトコンベアを伝って、私の心を押し退ける。
「私、きっとこうなる運命だったの。生まれた時はキラキラしてた。通り過ぎる皆が私を見てくれていた。」
どうしてだろう。
あの小さな坊やが私を取ろうとしてくれて、それをお父さんが止めたの。
私は、乾いているって。私じゃなくって、新しい子を選びなさいって。
その時から分かってた。ああ、私はもうだめなんだって。
諦めてた。あと半周もすれば、きっと私は。
諦めてたはずだったのに。
どうしてなんだろう。
嫌だ。
このままじゃ、嫌なの。
あの頃夢見ていたように、おいしく食べてもらいたいなんて思わない。
ただもう一度見て欲しい。
せめてもう一度だけ、私を見て欲しいの。
…なんて、ね。
コンベアが奥へと流れて行く。
さようなら、私の世界。お皿さんごめんね。私のご飯、くっついちゃったね。
目を閉じて、全てを受け入れた。自然と出てくる涙はきっと、私の寂しさを洗い流そうとしてくれているんだ。
体が宙に浮く。
仲間が待っている。暗く、生臭い箱の中で。
でも私の体に触れたのは放り投げられた衝撃じゃなくて、お箸だった。
え…?
男は何も言わない。私に少しだけ醤油をつける。
「やめて!同情なんていらない!」
思わず叫んでしまう。でもやっぱり、男は何も言わない。
「私は乾いているの。ねえ、もう少しでゴミ箱に行く予定だったのよ。食べたいなら、頼んで。私と違う新しい子を頼んで!」
「…」
「黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
「…」
「…それに、もし食べるならもっと醤油をつけないと…私は、乾いているし…」
「…」
「ねえ…どうして私なんか…」
「ごちそうさま。」
「えっ?」
男は平然と私を食べていた。
まるで、私が乾いてなんかいないという風に。
嬉しかった。
さっきとは絶対に違う種類の涙が、私の全身を伝うのがわかる。
「…ありがとう。」
「いや…」
「一つだけ、聞いてもいいかな?」
「うん?」
「私、おいしかった…?」
「さすがにおいしくはなかったよ。すごい乾いてるし。」
無骨だわー。
やっぱ俺そういうとこあるわー。
モテる。これはモテるのも頷ける。
そんでこんな無骨な俺のことを見ていた隣のカウンターのお姉さんがキュンキュンして自分の体に魚介類乗っけまくってベルトコンベアに仰向けになって回りだすわ。
そんで熱っぽい目でこっち見てるけどそれは引くし一刻も早く片付けて欲しいわ。大概にしてほしいわ。
え、じゃあなに?意味ないじゃん。
俺だって本当は新鮮なやつ食べたいんだよ。でも俺が食べなかったらこいつらどうなるんだよ。
あーこれあれだ。
ペットショップ。俺が絶対ペットショップに近寄らないのと同じ原理になってきた。
このめっちゃかわいいモフモフ達がもし売れ残ったらと思やめれーーーーーーーーーーーーー!!
っつって。
あとそうだね
こういう

確かに俺は未だ中学生みたいな発想を引きずってはいるけど、これを出力したやつはどれだけファンタジーの世界にいるんだというか有り体に言えば逆に狙ってんじゃないかみたいなことを思うよ。
なおかつ、いい歳をした男がこのファンシーグッズ屋の前で10分ぐらいウロウロした挙句に思い切って撮影ボタン押したりするよ。
無骨だわー。ほんと無骨。
そんでそんな姿を見ていたファンシー女子大生が「私の柔軟パイをファーファして下さい」みたいなことを何言ってんのかもう全然わかんないし大概にしてほしい。
←自分、不器用っすから…
最近更新がまた滞っているように見えますが、通常営業です。
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しかしがんばる自分。
しかしがんばる自分に性的興奮を覚える。
でもやっぱね、モテる男っていうのは忙しいですよ。
僕結構そういうストイックっていうか、無骨なとこあるからね。
例えば

この、裏のとこが紙でできてる歯ブラシのパッケージを、人生の中で一度もうまく剥がせたことが無い。
26年間でただの一度も。
今回に関してはちょっとお湯で濡らしてから少しずつ剥がそうとしたのに、やっぱりだめだった。
すごい無骨だわ俺。
俺結構そういう無骨なとこあるわ。
だから結局、モテる男っていうのはそういうことなんだよね。
モテる男は結構無骨で、カクテル作れて、ケーキ作れて、優しくて面白くて、いい匂いとかするんだわ。
そんでメガネ男子なんだわ。
家でしかかけないけどね。
まあ俺ぐらい結構無骨になるとさ、回転寿司でどんだけ回り続けているのか推定すらできないほどカッサカサになった寿司を、むしろ取るよね。
ちょっと運がなくって、回ってるうちに乾いてきて、余計に誰も取らなくなって、握られたのに、そのままゴミ箱に行く死のループに入った寿司を、むしろ取るよね。
遠くでプラスティックの皿同士がぶつかる音がする。
その僅かな振動がベルトコンベアを伝って、私の心を押し退ける。
「私、きっとこうなる運命だったの。生まれた時はキラキラしてた。通り過ぎる皆が私を見てくれていた。」
どうしてだろう。
あの小さな坊やが私を取ろうとしてくれて、それをお父さんが止めたの。
私は、乾いているって。私じゃなくって、新しい子を選びなさいって。
その時から分かってた。ああ、私はもうだめなんだって。
諦めてた。あと半周もすれば、きっと私は。
諦めてたはずだったのに。
どうしてなんだろう。
嫌だ。
このままじゃ、嫌なの。
あの頃夢見ていたように、おいしく食べてもらいたいなんて思わない。
ただもう一度見て欲しい。
せめてもう一度だけ、私を見て欲しいの。
…なんて、ね。
コンベアが奥へと流れて行く。
さようなら、私の世界。お皿さんごめんね。私のご飯、くっついちゃったね。
目を閉じて、全てを受け入れた。自然と出てくる涙はきっと、私の寂しさを洗い流そうとしてくれているんだ。
体が宙に浮く。
仲間が待っている。暗く、生臭い箱の中で。
でも私の体に触れたのは放り投げられた衝撃じゃなくて、お箸だった。
え…?
男は何も言わない。私に少しだけ醤油をつける。
「やめて!同情なんていらない!」
思わず叫んでしまう。でもやっぱり、男は何も言わない。
「私は乾いているの。ねえ、もう少しでゴミ箱に行く予定だったのよ。食べたいなら、頼んで。私と違う新しい子を頼んで!」
「…」
「黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
「…」
「…それに、もし食べるならもっと醤油をつけないと…私は、乾いているし…」
「…」
「ねえ…どうして私なんか…」
「ごちそうさま。」
「えっ?」
男は平然と私を食べていた。
まるで、私が乾いてなんかいないという風に。
嬉しかった。
さっきとは絶対に違う種類の涙が、私の全身を伝うのがわかる。
「…ありがとう。」
「いや…」
「一つだけ、聞いてもいいかな?」
「うん?」
「私、おいしかった…?」
「さすがにおいしくはなかったよ。すごい乾いてるし。」
無骨だわー。
やっぱ俺そういうとこあるわー。
モテる。これはモテるのも頷ける。
そんでこんな無骨な俺のことを見ていた隣のカウンターのお姉さんがキュンキュンして自分の体に魚介類乗っけまくってベルトコンベアに仰向けになって回りだすわ。
そんで熱っぽい目でこっち見てるけどそれは引くし一刻も早く片付けて欲しいわ。大概にしてほしいわ。
え、じゃあなに?意味ないじゃん。
俺だって本当は新鮮なやつ食べたいんだよ。でも俺が食べなかったらこいつらどうなるんだよ。
あーこれあれだ。
ペットショップ。俺が絶対ペットショップに近寄らないのと同じ原理になってきた。
このめっちゃかわいいモフモフ達がもし売れ残ったらと思やめれーーーーーーーーーーーーー!!
っつって。
あとそうだね
こういう

確かに俺は未だ中学生みたいな発想を引きずってはいるけど、これを出力したやつはどれだけファンタジーの世界にいるんだというか有り体に言えば逆に狙ってんじゃないかみたいなことを思うよ。
なおかつ、いい歳をした男がこのファンシーグッズ屋の前で10分ぐらいウロウロした挙句に思い切って撮影ボタン押したりするよ。
無骨だわー。ほんと無骨。
そんでそんな姿を見ていたファンシー女子大生が「私の柔軟パイをファーファして下さい」みたいなことを何言ってんのかもう全然わかんないし大概にしてほしい。
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立てよ紳士 〜介護編 第二章〜 後編「連鎖」
開始時間より5分前、落ち着いたメガネの女性が僕の隣に腰掛ける。
僕は「あ、どうも。よろしくお願いします」と言いながらクールに微笑んだ。
りしない。
目を合わさずに会釈をして、机の上に意味もなく筆記用具などを出す。
駐車場で待ち構えていた講師のおばちゃんが入室。
人数を確認すると、自己紹介をした。
「紳士さんはどちらにいらっしゃいますか?」
手を挙げる。
一ヶ月前に届くはずだったカリキュラムを渡される。
そこには今後の日程及び学習内容、その日ごとの持ち物などが記載されていた。
初日、つまりこの日に関しては、前日まで僕の感じていた不安を当時埋めるのに十分だった詳細、注意事項、持ち物が別紙に分けられている。
この時点で言い表せない劣等感を感じた。
出席を取り、今後の学習スケジュールやシステムについての説明が始まる。
これはカリキュラムの読み合わせに近いものだった。
言い表せない劣等感を感じた。
そして具体的な提出期限の分からなかったマークシート問題、レポート問題の期限と優先度も、カリキュラムに記載してあった。
僕はとりあえずマークシート問題(全100問)を終わらせ、レポートについては全く手をつけていなかった。
全てを初日に提出するのだと思っていた。
結論から言えばマークシートは修了までに郵送で送れば間に合い、レポート問題の提出期限は迫っていた。
すごく劣等感を持った。
そして次回から毎回エプロンが必要になることを知る。
名前入りの。
その名前とは有事に持ち主を特定する為のものではない。着ている者の名前を常に主張するためのネームシートだ。
縦15cm、横20cmという指定サイズのネームシートを胸につけるという情報だけで、僕のようなイケメンクールガイの動揺が伝わるだろうか。
想像しただけで、しすぎる。恥ずかが、しすぎる。
続いて注意事項。
遅刻、欠席、厳禁。遅刻した場合その日の講座は受講出来ず、欠席の場合と同様、振り替え(別の教室で別の受講生達と)となる。
欠けている講義があっては、修了できない。
お前それ俺が昨日電話しなかったら一体どうなっててん。俺めっちゃドキドキドキドキして教室入ったらもうとっくに始まってて皆ホア?みたいな顔になった挙句「他行け」ってなってたじゃん?2回目の講座来た時俺だけ「初めまして」って言わざるを得なくてクスっと笑われるならまだしもなんなのこの人みたいな顔されるじゃん?ねえ。なんなの?試練だったの?それとも米軍の仕業なの?またなの?ねえ?
1時間ほど説明が続き、にこやかな女性が入室。
どうやらおばちゃんは取りまとめ役のようなもので、この女性が実際の講師になるようだ。
正直安堵した。
おばちゃんの笑顔はまさに仕事用であり、事務的であり、見ているだけで何故か将来について考えてしまいそうになる。
一方はつらつと自己紹介をするS先生の笑顔には、親しみがこもっていた。
この先生となら、なんとかやっていけそうだ。
初日は、最初で最後の座学のみだということで、僕はやっと胸を撫で下ろした。
カリキュラムに記載された各日の実習内容は、それぞれ全てが嫌な予感しか感じさせない。
とりあえず今日は。
とりあえず今日はもう大丈夫だ。講義を受けて、早く帰ろう。
「えーとそれではまずね、皆さん、今朝起きてからここに来るまで、何をしましたか?」
…?
「はい、じゃあ○○さん。何をしました?」
…?
「えーとぉ、ご飯作って〜、子供と旦那起こしてぇ、洗濯して、ご飯食べて、子供送って〜、それから来ました。」
…?
「なるほど。じゃあ次は〜、紳士さん。何しました?」
…!?
「えっ。えー…」
「どうしました?朝起きてからしたことですよー。」
「あの…」
「何でもいいですから。はいどうぞ〜」
父さん…お元気ですか…
僕はと言えば、ホームヘルパー2級の講座を受けているわけで…
学校みたいに、当てられるとは思ってなかったわけで…
朝起きてからって言われても…起きてないわけで…
寝てないわけで…
けれどそんなこと、説明できるはずもなく…
いつか父さんが言ってたように、嘘は…いけないことだと…僕は…
そして…もう変な間が空いてしまったわけで…
「体育座りしてました。」
「ずっと?」
「はい。」
「え、うん、わかりました…ありがとうございます。それでね、今聞いたことは…」
人は誰もが、自分らしく生きていたいと思う。
例え障害があっても、高齢になって徐々に自分の事が自分でできなくなってしまったとしても。
自分らしく、普通に、住み慣れた場所で、馴染の人達と、いつまでも暮らしていたいと思うのが当然である。
「高齢だから、障害があるのだから仕方が無い」というのは間違った考え方であり、それを受け入れ、今まで生きてきたように、人間らしく、「普通に」生活を送ること。
これをNormalization(ノーマライゼーション)の思想と言う。
素敵なお話です。
素晴らしい理念です。人間界も捨てたものじゃない。
ただ僕の手は震えています。
もう帰ってもいいですか?
不意打ちを挟みながら座学が続く。
昼休みは時間内なら出ても構わない。敷地内は全て禁煙である。
お弁当を持ってきて教室で食べてもいいし、外に買いに行ってもいい。
僕はすっと立ち上がり、教室を出る。
他には誰も立ち上がらない。
一人でタバコの吸えそうな場所を探す。
いい公園を見つける。
携帯を忘れる。
教室に戻り、電源を切ろうとした時点で携帯を忘れたことに気付いていた。
しかしもう戻ることはできない。
時間が無いし、待ってもらうこともできない。
午後の講義が始まる。
ボディメカニクス。
力だけで介助を続ければ、介助者の体は持たない。
体の諸機能や位置関係、テコの原理をうまく使うことによって、最小のエネルギーで最大の効果を得る。
その説明だ。
「じゃあ、ちょっと隣の人とやってみましょうか。」
ロープか?ロープの出番か?
「あ、ちょっとね、相手に触れたりするので、男性は2人しかいないから、もし抵抗あるようだったら今だけ変わってもらっても大丈夫ですよ。」
ローp…え?
男性が2人しかいない?
そんなばかな。
僕はこの席に向かう途中、少なくとも2人を見た。つまり最低でも3人はいるはずだ。
もしかしてあれか?僕のフェイスが美しすぎてカウントされていないということか?あり得る。
背後から腹式呼吸の笑い声が聞こえる。
「アハハハ!どうします?変わりますか?あたしは別に大丈夫ですけどアハハハハハ!!」
僕が見た横並びの2人。
片方は体格の素敵な貴婦人だった。
僕は後に、この見間違いを後悔することになる。
彼女はまさに翼の折れたエンジェルだった。素敵なレディーである。
「いえ、僕も別に大丈夫です。」
隣の女性は何も始まっていないのに何故か赤面しながら頷く。
抱いてやろうかと思う。
内容的には「足を閉じた状態で押されるとすぐによろけるが、しっかり足を開いて腰を落とすと体が安定するため中々倒れない」というものだった。
僕はこの茶ばn実習でチョコボール整骨院を思い出し、ニヤけが止まらなくなった。
こうしている間に僕の携帯はおっさんにレイプされていた。
帰り際、唯一の同性に話しかけられる。
仲良くなれそうにない。そう思った。
次回の持ち物
テキスト、エプロン(名前入り)
続く
僕は「あ、どうも。よろしくお願いします」と言いながらクールに微笑んだ。
りしない。
目を合わさずに会釈をして、机の上に意味もなく筆記用具などを出す。
駐車場で待ち構えていた講師のおばちゃんが入室。
人数を確認すると、自己紹介をした。
「紳士さんはどちらにいらっしゃいますか?」
手を挙げる。
一ヶ月前に届くはずだったカリキュラムを渡される。
そこには今後の日程及び学習内容、その日ごとの持ち物などが記載されていた。
初日、つまりこの日に関しては、前日まで僕の感じていた不安を当時埋めるのに十分だった詳細、注意事項、持ち物が別紙に分けられている。
この時点で言い表せない劣等感を感じた。
出席を取り、今後の学習スケジュールやシステムについての説明が始まる。
これはカリキュラムの読み合わせに近いものだった。
言い表せない劣等感を感じた。
そして具体的な提出期限の分からなかったマークシート問題、レポート問題の期限と優先度も、カリキュラムに記載してあった。
僕はとりあえずマークシート問題(全100問)を終わらせ、レポートについては全く手をつけていなかった。
全てを初日に提出するのだと思っていた。
結論から言えばマークシートは修了までに郵送で送れば間に合い、レポート問題の提出期限は迫っていた。
すごく劣等感を持った。
そして次回から毎回エプロンが必要になることを知る。
名前入りの。
その名前とは有事に持ち主を特定する為のものではない。着ている者の名前を常に主張するためのネームシートだ。
縦15cm、横20cmという指定サイズのネームシートを胸につけるという情報だけで、僕のようなイケメンクールガイの動揺が伝わるだろうか。
想像しただけで、しすぎる。恥ずかが、しすぎる。
続いて注意事項。
遅刻、欠席、厳禁。遅刻した場合その日の講座は受講出来ず、欠席の場合と同様、振り替え(別の教室で別の受講生達と)となる。
欠けている講義があっては、修了できない。
お前それ俺が昨日電話しなかったら一体どうなっててん。俺めっちゃドキドキドキドキして教室入ったらもうとっくに始まってて皆ホア?みたいな顔になった挙句「他行け」ってなってたじゃん?2回目の講座来た時俺だけ「初めまして」って言わざるを得なくてクスっと笑われるならまだしもなんなのこの人みたいな顔されるじゃん?ねえ。なんなの?試練だったの?それとも米軍の仕業なの?またなの?ねえ?
1時間ほど説明が続き、にこやかな女性が入室。
どうやらおばちゃんは取りまとめ役のようなもので、この女性が実際の講師になるようだ。
正直安堵した。
おばちゃんの笑顔はまさに仕事用であり、事務的であり、見ているだけで何故か将来について考えてしまいそうになる。
一方はつらつと自己紹介をするS先生の笑顔には、親しみがこもっていた。
この先生となら、なんとかやっていけそうだ。
初日は、最初で最後の座学のみだということで、僕はやっと胸を撫で下ろした。
カリキュラムに記載された各日の実習内容は、それぞれ全てが嫌な予感しか感じさせない。
とりあえず今日は。
とりあえず今日はもう大丈夫だ。講義を受けて、早く帰ろう。
「えーとそれではまずね、皆さん、今朝起きてからここに来るまで、何をしましたか?」
…?
「はい、じゃあ○○さん。何をしました?」
…?
「えーとぉ、ご飯作って〜、子供と旦那起こしてぇ、洗濯して、ご飯食べて、子供送って〜、それから来ました。」
…?
「なるほど。じゃあ次は〜、紳士さん。何しました?」
…!?
「えっ。えー…」
「どうしました?朝起きてからしたことですよー。」
「あの…」
「何でもいいですから。はいどうぞ〜」
父さん…お元気ですか…
僕はと言えば、ホームヘルパー2級の講座を受けているわけで…
学校みたいに、当てられるとは思ってなかったわけで…
朝起きてからって言われても…起きてないわけで…
寝てないわけで…
けれどそんなこと、説明できるはずもなく…
いつか父さんが言ってたように、嘘は…いけないことだと…僕は…
そして…もう変な間が空いてしまったわけで…
「体育座りしてました。」
「ずっと?」
「はい。」
「え、うん、わかりました…ありがとうございます。それでね、今聞いたことは…」
人は誰もが、自分らしく生きていたいと思う。
例え障害があっても、高齢になって徐々に自分の事が自分でできなくなってしまったとしても。
自分らしく、普通に、住み慣れた場所で、馴染の人達と、いつまでも暮らしていたいと思うのが当然である。
「高齢だから、障害があるのだから仕方が無い」というのは間違った考え方であり、それを受け入れ、今まで生きてきたように、人間らしく、「普通に」生活を送ること。
これをNormalization(ノーマライゼーション)の思想と言う。
素敵なお話です。
素晴らしい理念です。人間界も捨てたものじゃない。
ただ僕の手は震えています。
もう帰ってもいいですか?
不意打ちを挟みながら座学が続く。
昼休みは時間内なら出ても構わない。敷地内は全て禁煙である。
お弁当を持ってきて教室で食べてもいいし、外に買いに行ってもいい。
僕はすっと立ち上がり、教室を出る。
他には誰も立ち上がらない。
一人でタバコの吸えそうな場所を探す。
いい公園を見つける。
携帯を忘れる。
教室に戻り、電源を切ろうとした時点で携帯を忘れたことに気付いていた。
しかしもう戻ることはできない。
時間が無いし、待ってもらうこともできない。
午後の講義が始まる。
ボディメカニクス。
力だけで介助を続ければ、介助者の体は持たない。
体の諸機能や位置関係、テコの原理をうまく使うことによって、最小のエネルギーで最大の効果を得る。
その説明だ。
「じゃあ、ちょっと隣の人とやってみましょうか。」
ロープか?ロープの出番か?
「あ、ちょっとね、相手に触れたりするので、男性は2人しかいないから、もし抵抗あるようだったら今だけ変わってもらっても大丈夫ですよ。」
ローp…え?
男性が2人しかいない?
そんなばかな。
僕はこの席に向かう途中、少なくとも2人を見た。つまり最低でも3人はいるはずだ。
もしかしてあれか?僕のフェイスが美しすぎてカウントされていないということか?あり得る。
背後から腹式呼吸の笑い声が聞こえる。
「アハハハ!どうします?変わりますか?あたしは別に大丈夫ですけどアハハハハハ!!」
僕が見た横並びの2人。
片方は体格の素敵な貴婦人だった。
僕は後に、この見間違いを後悔することになる。
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「いえ、僕も別に大丈夫です。」
隣の女性は何も始まっていないのに何故か赤面しながら頷く。
抱いてやろうかと思う。
内容的には「足を閉じた状態で押されるとすぐによろけるが、しっかり足を開いて腰を落とすと体が安定するため中々倒れない」というものだった。
僕はこの
こうしている間に僕の携帯はおっさんにレイプされていた。
帰り際、唯一の同性に話しかけられる。
仲良くなれそうにない。そう思った。
次回の持ち物
テキスト、エプロン(名前入り)
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立てよ紳士 〜介護編 第ニ章〜 前編「兆候」
サイは投げられた。胃は破れた。
動悸、息切れ、眩暈、頭痛、歯痛、生理痛。
ついにスクーリング第1日目が始まる。
一体何をするのだろう。オリエンテーリングとは何だろう。もしも「じゃあこれから自己紹介をしてもらいましょう」等のイベントが始まった時の為に、僕は少し頑丈なロープを用意しておいた。
来るなら来るがいい。吊る準備はできている。
地図の通りに道を進むと、やがて施設兼教室が姿を現した。
佇まいは、何と言えばいいのだろう。僕の稚拙な語彙では全てを表現することが難しい。
敢えて与えられた表現の自由に何の躊躇もせず甘えさせて頂くならば、その第一印象は「第7サティアン」だった。開かれた駐車スペース、よく見ると徹底されたバリアフリー構造、しかし何故か建物は敷地の奥まった部分に、道に対して斜めに立てられている。よく分からないが、宗教がかった雰囲気を感じずにはいられない。
駐車スペースに一人のおばちゃんが立っている。
僕は彼女が、僕の受ける講座にとても深く関与していることを察した。でも僕はおばちゃんをスルーした。
半分は彼女が全く関係のない人物であるという可能性によるもの、もう半分は、揺ぎ無い僕の社交性によるものだ。
「ここにはいつも来ていますが?」という顔でチャリを邪魔にならない場所に止め、ゆっくりと近寄りながら入り口を探した。
もしかすると普通に正面玄関から入り身分を名乗るシステムかもしれないが、事情に明るくない受講生達が入れ替わり立ち代わり施設内を出入りするというのは、普通に考えて高齢者や職員の空気を害すだろう。
思った通り、正面玄関の脇に「受講生はあちらから→」という紙が貼ってあった。
「いつも来ていますが今日はちょっと正面の様子を見ただけですが?」という顔をしながら、つま先の方角を変え、矢印の方向へ進むと小さな入り口があった。
土足は厳禁、スリッパ不可という情報を前日の電話で得ていた。
「まあカリキュラム届いてなかったなら明日はスリッパでも仕方ないですけど…」と言われた。
第一印象で全てが決まるこの世界で、僕はわざわざハンディキャップを負うつもりはない。昨夜急いで買ってきた白い靴に履き替え、履いていた土足をカバンにしまう。
受講生用土足入れがすぐ右手にあったことを、僕は大分後になって知った。
そのまま奥へ進んで行こうとすると、先程のおばちゃんが入ってきた。
「そこの階段を上がって、右手の教室です。」おばちゃんは講師だった。知ってた。分かってた。
緊張しながら教室のドアを開く。
僕はアダルトワールドの臨界点である、15分前行動をした。
だが教室は受講生で埋まっていた。
どうやら来た順に好きな席に座るシステムらしい。そのシステムの把握と同時に理解できるのは、最前列しか空いていないという事実だ。
誰とも目を合わさず、まるで部屋にするように全体に軽く会釈をする。
実はこの講座の前クールに申し込みをしようと思っていたのだが、仕事の都合が調整出来ず、今に至る。
その時点での問い合わせでは、「6人以上集まらなければ中止になります」ということだった。
中止にされてはまた日程の調整を行わなければならないので、僕は今のクールは何人いるのかと質問した。
答えは「6人」だった。
つまり、常にギリギリの少人数で開かれているものだと思っていた。
僕の社交スキルは対6人用に設定されていた。
しかし、今回の参加者は僕を含めて15名だった。
心の中のダチョウ倶楽部が暴れだす。それを必死で抑える。
最前列へ向かう視界の隅に、男性が2人並んでいるのを認める。
僕は安堵する。同時に落胆する。
15人の中で、男性3人。席は机一つに対して2つ。
お前ら、何分前行動なんだよ。そこらへんきっちり教えといてくれよ。
緊張してるのか?緊張のあまり、早く来すぎちゃったのか?ん?
大丈夫だよ力抜けよ。
僕はせめて、最前列の窓際に腰掛け、空を見る。
いい天気だな。
首の関節を鳴らし、深呼吸をする。そして小さく呟く。
聞いて、ないよ。
続く
動悸、息切れ、眩暈、頭痛、歯痛、生理痛。
ついにスクーリング第1日目が始まる。
一体何をするのだろう。オリエンテーリングとは何だろう。もしも「じゃあこれから自己紹介をしてもらいましょう」等のイベントが始まった時の為に、僕は少し頑丈なロープを用意しておいた。
来るなら来るがいい。吊る準備はできている。
地図の通りに道を進むと、やがて施設兼教室が姿を現した。
佇まいは、何と言えばいいのだろう。僕の稚拙な語彙では全てを表現することが難しい。
敢えて与えられた表現の自由に何の躊躇もせず甘えさせて頂くならば、その第一印象は「第7サティアン」だった。開かれた駐車スペース、よく見ると徹底されたバリアフリー構造、しかし何故か建物は敷地の奥まった部分に、道に対して斜めに立てられている。よく分からないが、宗教がかった雰囲気を感じずにはいられない。
駐車スペースに一人のおばちゃんが立っている。
僕は彼女が、僕の受ける講座にとても深く関与していることを察した。でも僕はおばちゃんをスルーした。
半分は彼女が全く関係のない人物であるという可能性によるもの、もう半分は、揺ぎ無い僕の社交性によるものだ。
「ここにはいつも来ていますが?」という顔でチャリを邪魔にならない場所に止め、ゆっくりと近寄りながら入り口を探した。
もしかすると普通に正面玄関から入り身分を名乗るシステムかもしれないが、事情に明るくない受講生達が入れ替わり立ち代わり施設内を出入りするというのは、普通に考えて高齢者や職員の空気を害すだろう。
思った通り、正面玄関の脇に「受講生はあちらから→」という紙が貼ってあった。
「いつも来ていますが今日はちょっと正面の様子を見ただけですが?」という顔をしながら、つま先の方角を変え、矢印の方向へ進むと小さな入り口があった。
土足は厳禁、スリッパ不可という情報を前日の電話で得ていた。
「まあカリキュラム届いてなかったなら明日はスリッパでも仕方ないですけど…」と言われた。
第一印象で全てが決まるこの世界で、僕はわざわざハンディキャップを負うつもりはない。昨夜急いで買ってきた白い靴に履き替え、履いていた土足をカバンにしまう。
受講生用土足入れがすぐ右手にあったことを、僕は大分後になって知った。
そのまま奥へ進んで行こうとすると、先程のおばちゃんが入ってきた。
「そこの階段を上がって、右手の教室です。」おばちゃんは講師だった。知ってた。分かってた。
緊張しながら教室のドアを開く。
僕はアダルトワールドの臨界点である、15分前行動をした。
だが教室は受講生で埋まっていた。
どうやら来た順に好きな席に座るシステムらしい。そのシステムの把握と同時に理解できるのは、最前列しか空いていないという事実だ。
誰とも目を合わさず、まるで部屋にするように全体に軽く会釈をする。
実はこの講座の前クールに申し込みをしようと思っていたのだが、仕事の都合が調整出来ず、今に至る。
その時点での問い合わせでは、「6人以上集まらなければ中止になります」ということだった。
中止にされてはまた日程の調整を行わなければならないので、僕は今のクールは何人いるのかと質問した。
答えは「6人」だった。
つまり、常にギリギリの少人数で開かれているものだと思っていた。
僕の社交スキルは対6人用に設定されていた。
しかし、今回の参加者は僕を含めて15名だった。
心の中のダチョウ倶楽部が暴れだす。それを必死で抑える。
最前列へ向かう視界の隅に、男性が2人並んでいるのを認める。
僕は安堵する。同時に落胆する。
15人の中で、男性3人。席は机一つに対して2つ。
お前ら、何分前行動なんだよ。そこらへんきっちり教えといてくれよ。
緊張してるのか?緊張のあまり、早く来すぎちゃったのか?ん?
大丈夫だよ力抜けよ。
僕はせめて、最前列の窓際に腰掛け、空を見る。
いい天気だな。
首の関節を鳴らし、深呼吸をする。そして小さく呟く。
聞いて、ないよ。
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